建学の精神
すべての命の源である水・・・
あらゆる生物にとって必要不可欠な水・・・
そして、自らの価値を存分に発揮している水・・・
水の如く なくてならない 人になれ
これが私たちの建学の精神であり、また『如水館』という校名の由来です。
『水の如くなくてならない人になれ』とは、「人は誰しも水のようにありふれた存在ではあるけれど、その人にしか果たせない役割があり、そのために自らの能力を充分に発揮し、『なくてならない人』になろう」という、本学園の創立者である山中幸吉先生の熱いメッセージです。
人は、自らが幸福になるとともに、他の人をも幸せにするために生きなければなりません。それが人生の目的であるはずです。しかし、ともすれば、そのために必要とされる能力は特別な人にのみ備わり、自分にはそんなことはできないと思い込んでしまいがちです。走ることが速いとか、IQが高いなど、元々備わっている「力」を「能力」であると、捉えてしまいがちです。
しかし、それは錯覚です。人生の目的を叶えるための能力は多様な力によって構成されています。『如水教育』では、「能力とは人が定めた目標に対し、それを叶えようとする力の総体である」と考えます。他人よりも優れた個別の力の存在はあるにしても、「様々な力の組み合わせ」を「能力」であると考えるならば、自他を幸福に導く能力にそれほど大きな差はなく、誰もが同じ位に持ち合わせていると考えることができます。
『水の如くなくてならない人になれ』は揺るぎない教育理念であり、『如水教育』に携わる私たちには、現在も変わることのないこの『如水』の遺伝子が存在しています。安定と発展の20世紀後半から変動の21世紀に踏み込んだ今こそ、私たちは日本のあるべき将来像を描き、『如水館』ならではの教育を実践していかなければならないと考えています。私たちは建学の精神と使命を再確認し、『如水』の教育理念の具現化を目指し、「明日の日本を担う子どもたちのために、私たちに何ができるのか」を問いながら、建学の精神の継承に取り組んでいます。
自らが幸福になるとともに、他の人をも幸せにするために必要な四要素
四つの要素のいずれもが、学業だけではなく、クラブ活動にも、課外活動にも、『如水館』の生活の全てに、敢えて言うなら、これからの皆さんの人生においても大切な要素となるでしょう。
知力
「学力」を超えた「知力」を育んでもらうことが私たちの目標です。「知力」とは単なる「学力」ではありません。もっと柔軟で応用性のある「知恵の力」です。ただ、「知恵の力」は基礎・基本を使いこなす経験をとおしてのみ生まれるものです。知識を手がかりに「全身で考えること」を習慣にしていかなければ身に付くものではありません。つまり、「知力」の源は「基礎・基本」にあるのです。私たちは「基礎・基本」の習得を繰り返し説き、「知力」を獲得するためのサポートを惜しみません。
自立
「自立」はよく使われる言葉......言うは易く、行うは難い言葉です。また、人は社会という枠組みのなかで生きていく以上、完全に自分だけで生きていくことはできません。しかし、自らの個性を輝かせ、「なくてならない人」となるためには、自ら人生を切り開き、主体的に行動する力が必要です。個性を社会で活かすこと、これがそれぞれに与えられた使命であり、また生きる目的であると考えます。私たちは様々な取り組みをとおして、「自立」のチャンスを用意します。
共生
個性を十分に発揮する人のみが幸せを感じるのでしょうか?社会的存在である私たちは、一人ひとりが社会の一員であることも決して忘れてはいけません。そしてまた、人はひとりでは幸せになることはできません。分かち合うからこそ、幸せを感じることができるのです。「個性」を口実に、自分よがりのわがままで他者を傷つけるのは、「個性」の意味をはき違えた社会全体の損失を招く行為です。「個性」は社会性を持ってこそ初めて輝きを放ち、真の意味での「能力」となるのです。私たちは、他者の個性や存在を尊重する意識、つまり「共生」の意識を育んでほしいと願っています。
礼節
礼節は長い歴史のなかで社会を成り立たせ、私たちを導いてくれた人類総体の「知恵の宝」であり、「共生の形」です。「本音と建前」「外見と中身」といった慣用句で、外に見える形は往々にして軽んじられがちです。しかし、内面はかならず外に表出するものです。建前や外見、礼節を軽んずることは、その本心や中身、個性を軽んずることと同じです。礼節が欠けた状態で、自らの幸せを願うのは不可能であり、当然、他者の幸福を叶えることもできません。私たちは校内を「礼節」で覆い尽くしたいと考えています。
